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【訃報】新国立競技場の初期デザイン案で知られるプリツカー賞受賞の建築家ザハ・ハディド氏が死去。

150729zha-2参考 : http://www.gizmodo.jp/2016/04/post_664384.html

まさか!というニュースが飛び込んで来た。

イギリスの女性建築家、」ザハ・ハディド氏が気管支炎の治療のために入院していたアメリカ・フロリダ州マイアミの病院で昨日3月31日に心臓発作のために急死した。

建築に興味のない人でも2020年の東京オリンピックのメインメイン会場・新国立競技場コンペの勝者で、当初案の設計者であることで知っていると思う。

現在は新しいデザインを担当した隈研吾氏の案が当初案にデザインが似ていることから著作権を巡って争っている。

 

数学を学びAAスクールを卒業

ザハ氏は最初から建築の道に進んだ訳ではなく、イラクのバクダッドバクダッド出身でレバノン・ベイルートの大学で数学を学んだ。

サダム・フセイン政権が実権を握ると家族とともにイラクを脱出して渡英し、イギリスのAAスクール(英国建築協会付属建築専門大学)で建築を学び、レム・コールハースの設計事務所OMAで働き始め、1980年に独立して自らの事務所を構えた。

 

アンビルドの女王から女性初のプリツカー賞受賞者へ

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By Maclemo投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=28971290

ザハ氏は当初実現しない建築家「アンビルドの女王」と呼ばれ、香港での建築設計コンペで審査員を務めたカリスマ・磯崎新氏によって引上げられたが、事業者が倒産したことで実現せず、その後も諸事業に事態によって実現することはなかった。

1990年代に入るとコンピューターを使った構造解析や3Dモデリング技術などのテクノロジーによってその奇抜な形態を実現可能になり、次々に建築が実現されていった。

そして、2004年には女性としては初めて建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞する。

 

ザハ氏は今後、コルビュジェやミースのような巨匠と呼ばれる建築家として讃えられる存在だと思う。

色々な問題があったにしても、ザハ・ハディド氏の建築が日本で実現しなかったことは非常に残念だったし、ザハ氏の死去により今後も建つことがないのは率直に寂しい。

今後、是非ともザハ氏の建築を見てみたい。

近くだと韓国や香港、中国、少し遠いがローマやウィーン、ドイツなどで是非自分の目でみてみたいと思う。

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2016-04-01 | Posted in 建築・都市, ニュース |キーワード : No Comments »  | 210 views

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